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月餅企画

2014.09.08 19:30|自堕落
ありまさん主催の月餅企画に参加させて頂きました(*´∀`*)
素敵な企画をありがとうございます!
同じテーマでも、こうにも気色の違うお話が出来るのは面白いですね…!
まだ全て読み終えていないのですが、少しずつ読み進めて行きたいです!

今回投稿したチヨとルーノは、最初はまったく違う内容でした。
半分以上書いて、ボツにしたという悲しい歴史w
悔しいので、途中まで書いたのを追記においておきます…\(^o^)/

チヨルノはPix●rリスペクトで書きました。
動物と意思疎通できるあたりでお察し。
きっと、木いちご摘んでルーノと外の世界が見たいとか言っているところは、挿入歌あります。

何はともあれ、お楽しみ頂ければ幸いです。

青々とした若葉が大地を覆い、土臭い独特の匂いが鼻腔を擽る。
空は吐き抜けのように高く、どれだけ手を伸ばしても届きそうにない。
見渡す限り一面に広がる大自然の中、ぽつんと一つだけ小屋が建っていた。
丸太で組まれただけの、質素な家だ。
赤い屋根が印象的な、見ようによっては、可愛いと言える形をしている。
庭先では真っ白なシーツが風にはためいており、その下では一人の少女と、一匹のうさぎが駆け回っていた。

「こっちよ、ルーノ!」

甲高い笑い声を上げながら、少女がしゃがみながら両手を広げて、うさぎを呼ぶ。
すんすんと鼻を鳴らして駆け寄って来たルーノをその胸の中に収めるのかと思いきや、一歩手前で手を引っ込め、逃げるように地面にうつ伏せに転がる。
そのまま、ごろりと仰向けになれば、シーツと同じくらい真っ白なワンピースの裾がめくれ、膝上まで露わになった。
焦げ茶色の髪に葉が絡みつき、土が手を汚す。
少女の腕の中に飛び込もうと意気込んでいたルーノは、からかわれたことに腹を立て、短い足で胴を叩いて抗議した。
それでも一向に反省した態度を見せないことに、うさぎは業を煮やしたのか、白い手足で土を掘り返し、少女へと浴びせかける。
服はもちろん、身体まで泥だらけだ。
土を掘り返したルーノも、手足だけ見れば茶うさぎかと見まごう程に汚れてしまった。

「チヨ!それに、ルーノも!もう子供じゃないんだから、土遊びなんかしないで頂戴!」

小屋の中から、その様子を見ていた母親が、怒気も露わに窓際から声を投げる。
チヨとルーノは顔を見合わせると、くすりと微笑んだ。

「ごめんなさーい。でも、もう汚れちゃったから、今日はどれだけ転がっても一緒よ!」
「屁理屈ばっかり!そんなに暇なら、野いちごでも摘んでいらっしゃい!」
「はーい。行こう、ルーノ」

庭先に置いてあるバスケットを掠め取ると、チヨは軽やかに走り出す。
ルーノも負けじと足を動かし、一人と一匹は一緒に野いちご摘みに出掛けたのだった。

大自然の他には何もない、けれども満ち足りた場所。
母親と、少女と、うさぎは毎日を幸せに暮らしていた。
朝日と共に目を覚まし、洗濯に掃除に精を出す。
食卓に並ぶのは、チヨとルーノがとってきた果物や野菜に、母親が手を加えた優しい味のする料理。
暇になれば、父親が遺した山程の本に目を通したり、母娘で編み物をする。
ルーノが時折毛玉を転がして悪戯をするが、それも笑い声が上がる要因にしかならない。
夜になれば、庭先で毛布に包まり、星を眺めながらマシュマロを入れた温かいココアで喉を潤す。
そんな毎日が、いつまでも続くのだとチヨは信じ、疑いもしなかった。

「明日はおじさんが来るの?!」

手にしたスプーンから、すくい上げた人参がぽとりとテーブルに落ちる。
すかさずルーノがそれを口の中に放り込むが、母親からの厳しい叱責の視線に居心地悪そうに、こそこそとチヨの膝元に身体を隠した。
チヨは全く頓着せず、母親に詰め寄る。

「それなら、リンゴが欲しい!アップルパイが食べたいの!」
「そう言うと思ったわ。それに、靴下もいつもより上手く編み上がったから、きっとシナモンとも交換できるわよ」
「やった!シナモンアップルパイ大好き!」

おじさん、というのは月に数回やってくる行商人のことだ。
優しい穏やかな人柄で、チヨが唯一知っている家族以外の人間だ。
父親と旧知の仲だったらしく、残されたチヨたちの面倒を甲斐甲斐しく見てくれる人物だった。

「パイを作るなら、小麦粉と卵も…けほっごほっ」
「お母さん、大丈夫?」

話の途中で咳き込んだ母親に、チヨは不安そうに眉根を下げた。
ルーノも同様に心配そうに見つめている。
しばらく続いた咳の後で、母親は小さく首を横に振った。

「平気よ。風邪でもひいたのかしらね?」
「ご飯の片付けは、私とルーノでやるから、お母さんはもう休んでて」
「あら、珍しい」

普段は片付けなど、滅多にしないチヨだ。
食べ終わったらすぐに、ルーノと遊ぶばかりだったが、さすがに病人を働かせるような真似はしない。
母親の言い草に小さく頬を膨らませながらも、チヨは膝上のルーノに自分たちもやる時はやるのだ、と同意を求める。
ルーノは大きく胸を張ると、任せろとばかりに、耳をぴこぴこと動かした。

「じゃぁ、お願いするわ」

そう言い残して、食事の済んだお皿を台所に置くと、母親は寝室へと向かった。
その扉が閉まるのを確認してから、チヨは大きくため息をつく。

「お母さん、大丈夫だよね?変な病気じゃないよね?」

ルーノの耳も不安そうに垂れているが、チヨを元気付けようと鼻をふんふん鳴らしながら身体をお腹に擦りつける。
この辺鄙な土地に、医者は住んでいない。
街まで赴けば、もちろん、医者はいるが、ここからは1里ほど距離がある。
決して、歩けない距離ではないが、往復するとなると、それなりに時間が掛かってしまうのだ。

ごしごし、と毛糸で編んだスポンジでお皿を擦り泡立てる。
さっと水に通して綺麗に磨かれた食器をルーノに手渡せば、尻尾に載せた布巾で器用に水分を拭きとってくれた。
2人と1匹分の食器など、大した量ではない。
すぐに片付けを終わらせると、チヨはルーノと2人でお風呂に入り、早々に床についた。



朝日が登れば、目覚めの時間だ。
窓から差し込む光が、瞼を閉じていても感じられる。
目を瞑ったまま大きく伸びをすれば、お腹の上で寝ていたらしいルーノがバランスを崩してベッドの上に落ちた。

「ごめん、ルーノ」

気付かなかった、と笑えば、まだ眠そうなウサギはチヨに尻尾を向けて、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
その様子に苦笑しながら、いつもと同じような真っ白なワンピースに着替えた。
母親の手作りである洋服は、草原を走り回るのに、とてもお誂え向きで、どれもチヨのお気に入りだった。
ベッドの上でふて寝しているルーノを放って、チヨは母親の寝室へと赴く。
近づく程に、咳き込む声が聞こえて、嫌な予感に手が震えた。

「お母さん…?」

そっと扉を開いて、中を覗く。
チヨよりも早起きな母親は、いつもなら身支度をすでに済ませているはずだが、今日はベッドでまだ丸くなっていた。
足音を忍ばせて近づくにつれ、蒼白な顔色が目に映り込んでくる。
そして、その枕元についた赤い染みに、チヨはフライパンで頭を殴られたような衝撃を受けた。

「お母さん!大丈夫?!」

ベッドの脇に近寄るが、母親はチヨがそこにいることにすら気づいていない。
苦しそうに呻いたまま、大量の冷や汗を額に浮かべていた。

「ど、どうしよう…!ルーノ!ルーノ!」

小さな白ウサギに助けを求めれば、先程までの不機嫌などまるでなかったかのように、果敢に寝室に駆けつけてくる。
そして、母親の姿とチヨの姿に視線を彷徨わせた後、すぐに台所に向かい、ルーノは小さな桶を足で転がしながら、チヨの元へと持ってきた。
身振り手振りで言いたいことを伝えれば、チヨは心得たとばかりに桶を掴み、水を汲みに走る。
綺麗なタオルをその水に浸け、固く絞ってから、母親の額に乗せた。

「お医者さん、呼んで来なくちゃ」

チヨはばたばたと外套を羽織り、外出の準備を始める。
ルーノはその様子を見て、ストップをかけた。

「何よ、どうしたの」

チヨはすっかり失念しているようだが、今日はおじさんが来る日だ。
ルーノはそれを待って、おじさんに医者を連れてきてもらった方が良いと提案する。
なぜなら、彼は馬を持っているからだ。

「でも、おじさんが午前中に来なかったら?」

チヨが不安に思うのは仕方ないが、おじさんが今まで午後に来たことは一度たりともない。
ここで出掛けて、入れ違いになる方が、よっぽど大変だと、チヨの足をルーノは前足で叩いて宥めた。
チヨももちろん、ルーノの言う通りにする方が良いと分かっているが、緊急事態のこの状況でただ待っているなど出来るはずがない。
そわそわと落ち着かなく歩きまわり、意味もなく、椅子に座ったり立ち上がったりを繰り返した。
ルーノはじっとチヨの様子を見ていたが、その心情を察して、止めることはしない。

まんじりともしない状況で、一人と一匹がじりじりとしていたところに、ふいに玄関口から声がかかる。

「ハルミさーん!こんにちわー!リョウジですけどー!」

野太いこの声が、この時ほど頼もしく聞こえたことはないだろう。
チヨとルーノは顔を見合わせると、全速力で玄関口に向かった。
そして、思い切り扉を開く。

「うおっ?!」

乱暴に開けられた扉が鼻先を掠め、リョウジが被っていた中折れの帽子が風圧で飛ぶ。

「おう、チヨちゃん。随分と熱烈な歓迎だな」

日に焼けた顔をくしゃりと笑顔で潰し、リョウジが2人の頭を撫でようと手を伸ばす。
いつもなら、喜んでそれを受けるのだが、今はそんな状況ではない。
チヨはその手をがっしりと掴み、ルーノはズボンの裾を加えると、母親の寝室までリョウジを引っ張る。

「おいおい、どうしたんだ?」

ただごとではない雰囲気を察したのか、リョウジは大人しくそれに従う。
そして、寝室のベッドの中、咳き込んで身体を丸めている母親を見て、息を詰めた。

「ハルミさん?!」

慌てて枕元に駆け寄るが、そこに飛び散った赤い斑点を見て、顔色をさっと変える。
チヨとルーノは泣かないように口を真一文字に引き結び、リョウジの言葉を待った。

「チヨちゃん、ルーノ、俺が街に行って、医者を呼んでくる」
「お、おじさん…お母さん、大丈夫?」
「心配するな。お医者さんが、きっと病気に効く薬を出してくれるさ。二人共、ハルミさんについててあげてくれ」

今度こそ、リョウジはごつごつした大きな手でチヨとルーノの頭を撫でる。
そのまま玄関口に向かうと、馬にひらりと跨がり、頼んだぞ、と一人と一匹に言い残してその場を後にした。

「もう大丈夫だよね。おじさんが、お医者さんを連れて来てくれるもんね」

足元にいたルーノを抱き上げ、チヨは遠ざかって行く背中を見つめながら同意を求める。
ルーノは鼻先をチヨの頬に押し付け、安心させるように肯定の意を示した。

母親の額のタオルが温くなれば、すぐに冷たい水に浸けて取り替える。
汗も手の届くところは全て拭った。
本当は血の染みがついた部分も綺麗にしてあげたかったが、さすがにシーツを取り替えることは今できない。
リョウジが戻ってくるまでの時間を、チヨは母親の面倒を見ながら過ごしていたが、日が高くなるに連れ、焦燥が心を占めていく。
何度も窓の外に目をやり、何度も馬の蹄の音がしたような気がして、玄関口まで迎えに出た。
その度に、ルーノが落ち着けとばかりに前足でチヨをぽすぽすと叩くが、効き目はない。

「おじさん、まだなの…?」

もう何度目かも分からない呟きを零した時だった。
隣にいたルーノの耳が、ピンと伸びる。
おもむろに立ち上がると、鼻をひくひくさせながら、周囲の音に耳を済ませていた。
チヨはハッとして、再び玄関に駆け寄る。
飛び出た先には、馬で一直線にこちらに駆けてくる姿があった。

「おじさん!」

喜びに声を上げると、向こうもチヨの姿に気がついたのか、小さく片手を上げる。
ルーノも嬉しそうにチヨの足元を駆けまわった。

「これで、もう大丈夫だね」

チヨはすっかり肩の力を抜いて、ルーノに微笑む。
医者に治せない病気などあるはずがないと、チヨは信じていたのだ。



「え…」

小さく首を横に振った医者に、チヨは呆然とする。
ルーノも信じられないと言いたげに、赤い目を真ん丸に見開いていた。
リョウジだけが、微動だにしない。

「随分と病気の進行が進んでいます。残念ですが、助かる手立ては…」
「いや!いやよ!ねぇ、お医者さんは病気を治せるんでしょう?!治せない病気なんか、あるはずないでしょう?!」
「チヨちゃん」

厳しい口調でリョウジに名前を呼ばれ、チヨは押し黙る。
腕の中にいたルーノが慰めるように、身体をチヨに擦りつけた。

「この先の話は、俺が聞くから。部屋に行ってなさい」

有無を言わさず、リョウジがチヨの背中を押して部屋から追い出す。
小さく抵抗を示すが、意に介すことなく、問答無用で扉を閉められてしまった。
チヨはルーノを腕に抱いたまま、俯いて下唇を強く噛む。

神様がいるなら、なんて意地悪なのだろうとチヨは思った。
ただ二人と一匹で、幸せに暮らしていただけだったのに。
人のものを盗んだり、嘘をついたり、悪いことなど一つもしていなかった。
それなのに、どうして母親があんな目に遭わないといけないのだろうか。

ぽたり、と透明な雫が目から溢れ出る。
頬を伝ったそれは、顎を伝って流れ落ち、ルーノの背を濡らした。
腕の中で白ウサギが立ち上がり、チヨの涙を拭うように頬を寄せる。

「ルーノぉ…」

真っ白な毛に顔を埋めると、チヨはひたすら泣きじゃくった。
目の前を暗雲が覆い尽くしていく。
不安だけでなく、無力な自分への憤りや、今まで母親の病に気付くことが出来なかった後悔が波のように押し寄せる。
ずるずると床に座り込み、子供のようにチヨは泣き声を上げた。
しばらくは大人しく腕の中にいたルーノが、もぞもぞと身動ぎをし、するりと抜け出る。
そして、部屋を駆け抜けると、父の遺した本がぎっしり詰まった書棚へと行ってしまった。

「何、やってるの?」

こみ上げる嗚咽を抑えながら、チヨが問う。
それに答えるように、ルーノが一生懸命引きずってきたのは、厚い革張りの表紙の本だった。
タイトルは無かったが、以前、一緒に読んだ覚えがある。
けれども、内容は頭からすっかり抜けていた。

「これが、どうしたの?」

いいから開け、とルーノが本の表紙を前足で叩いた。
恐る恐るチヨが本に手を掛け、ページを捲っていく。
違う、もう少し先だ、と急かすルーノに従い、辿り着いたページに書いてあった内容に、チヨの涙は引っ込んだ。

「月の…雫?」

思わず呟けば、ルーノが胸を反らして得意気にする。
どんな傷も、病も癒やすという月の雫。
深い森の奥でだけ、見つけることができる魔法の雫。

「これさえあれば、お母さんを助けられるのね?」

チヨの言葉に、ルーノがこっくりと頷く。
じっと本のページを一人と一匹は見つめてから、意を決したように立ち上がる。
チヨは自室から鞄を取ってくると、日持ちのする黒パンと瓶に詰めたジャム、そして革袋に水を汲んで放り込んだ。
それから、本も一緒に鞄に入れることを忘れない。
ルーノも野菜カゴから人参を三本ほど取り出し、ぐるぐると縄で縛るとしっかりと自分の背に背負う。
外套を羽織れば、準備は万端だ。

「行こう、ルーノ!」

チヨの掛け声に、ルーノは後ろ足で立ち上がると威勢よく敬礼の姿勢を取る。
そっと玄関口に忍び寄り、滅多に履くことをの無い皮のブーツに足を通す。
いつも裸足で草原を駆けまわっているせいか、痛いように感じた。
音を立てないように外に出れば、そこにはリョウジの馬がじっと繋がれている。
チヨとルーノは顔を見合わせると、にんまりと微笑んだ。

「レイモンド、私達を街まで連れて行って欲しいの」

よしよし、とその鼻面を撫でながらチヨはお願いする。
お安いご用だ、と漆黒の馬は鼻息を荒くするが、その後で、首を傾げた。
リョウジの許可は取ったのか、と些か不審に思っているようだ。
もちろん、内緒で出掛けるに決まっている。
そんなことを言えば、リョウジと同じように年嵩のレイモンドは背中に乗せてはくれないだろう。
どう丸め込もうかとチヨが頭を悩ませる横で、ルーノが背中の人参を一本引き抜き、差し出した。
途端に目の色を変えた馬は、早く乗れとチヨとルーノをせかした。

「さすがルーノ」

レイモンドに繋がれた縄を解いてやりながら、チヨはこっそりと白いウサギを褒める。
当然だとばかりにルーノは耳をぴこぴこと動かした。
チヨはルーノを先にレイモンドの背に乗せた後、自分もその後ろによじ登る。
しっかりと手綱を握り、出掛ける準備は万端だ。
行こう、と声を掛けようとした時、小屋の中から怒声が響き渡る。

「チヨちゃん!ルーノ!どこに行ったんだ!」

その声にレイモンドはハッとした様子で背中を振り返る。
チヨとルーノは真っ青になりながら、リョウジに見つかる前に出発しようと手綱を取った。

「レイモンド、お願い!おじさんに見つかる前に行かなきゃ!」

いくら顔見知りの少女とウサギとは家、主人を蔑ろにしてまで乗せて行って良いのだろうかとレイモンドは葛藤する。
人参に思わず釣られてしまったが、どうやら、この子供たちはリョウジの許可を取っていなかったようだ。

「お願いよ!お母さんの病気を治すためなの!」

チヨが必死に言い募り、ルーノが狂ったように後ろ足でレイモンドの首を背を蹴り飛ばす。
小屋からは主人が必死に背中に乗せている彼女たちを探す声がしている。
けれども、自分は釣られたとは言え、人参を食べてしまった。
それに、どうやら病気の母親のために街に行きたいらしい。
最後に精のつく食べ物でも与えたいという子供心だろうか。
レイモンドはそこまで邪推して、どうにでもなれ、とばかりに首を横に振る。
そして、一目散に街へ向かって草原を駆けて行く。

「ありがとう!レイモンド!」

ぎゅ、とたてがみに温もりを感じる。
これで良かったのだろうかと、後悔しつつあるレイモンドの後ろから、主人の声が飛んできた。

「おい、待て!レイモンド!チヨちゃんたちを何処へ連れて行く気だ!」

リョウジが走って追いかけようとしているが、馬の足に追いつけるはずもない。
ヒヒーン、と声高に啼いて、一応の謝罪の言葉を述べておいたが、きっと彼の怒りは収まらないだろう。
これは帰ってきたら、大目玉を食らうだろうなと考えて、レイモンドの尻尾は、心なしか下がってしまった。



チヨが街へ行くのは、実を言うとこれが初めてだった。
その昔、母親は父親と一緒に街に住んでいたらしいが、チヨが生まれる少し前に今の小屋に引っ越したそうだ。
なんでも、家族と一緒に大草原に住むのが父親の夢だったとか。
そんな訳で、大草原から出たことのないチヨには、街のことはさっぱり分からなかった。
王様たちがそこに住んでいる、ということと、いっぱいの人がいる、ということしか知らない。
もちろん、深い森などというものが何処にあるのか見当すらつかなかった。

「街でどこに森があるのか聞けば良いのよね」

そうルーノに確認を取れば、頼もしい白ウサギは尻尾をぴこぴこと動かして、その通りだと返事をした。
背中でやりとりされる会話の内容があまりにも世間知らず過ぎることに、レイモンドは不安を覚えるが、黙って足を動かす。
リョウジがいない分、しっかりとチヨとルーノを見張っていなければ、と深く心に刻みつけた。

太陽の光を身体にいっぱい浴び、風を全身で受け止める。
リョウジにせがんで、レイモンドの背に乗せてもらったことは何度もあったが、こんなに長く乗ったのは初めてだ。
母親の病気に対する焦燥はもちろんあるが、チヨの中では好奇心がむくむくと膨れていた。
それは、ルーノも同じだったようで、楽しそうに目を細めている。
流れるように変わる景色の先に、ふと、建物がたくさんひしめき合う場所を見つけた。

「レイモンド、もしかして、あれ?」

チヨの問に、レイモンドは一声啼いて肯定を示した。
見えない、と必死に揺れる背の上で立ち上がろうとしているルーノを抱き上げ、チヨはその様子を見せてやる。

「あれが街なのね!」

小高い丘から見下ろした街は、まるで玩具のように可愛かった。
円形の城壁に囲まれ、色とりどりの屋根が整然と並んでいる。
そして、その最奥には一際目立つ大きな建物があった。
チヨは本の挿絵でしか見たことがなかったが、それが何なのか察しはつく。

「お城…よね?」

確認するように問いかければ、ルーノとレイモンドが、その通りだと頷いた。
大草原には無い、人の手で造り上げられた空間。
待ちきれないとばかりに、チヨはレイモンドの手綱を取り直すと丘を全速力で下って行く。

「すごい!すごいわ!こんな場所があるなんて!全然知らなかった!」

門番が待機する城壁の入り口を、くぐり抜ければ、そこはこの世とは思えないくらいに活気づいた場所だった。
レイモンドが勝手に足を進めてくれるのを良いことに、チヨとルーノはきょろきょろとあたりを見回す。
窓辺には小ぶりな花が咲き乱れ、レイモンドの足元を子供たちがはしゃぎながら駆け抜ける。
山積みにされたリンゴやオレンジが路上に並び、カゴを持った女性が一生懸命に物色していた。
その一画にあった人参の山をルーノが羨ましげに眺めていたのは言うまでもない。
レイモンドが歩を進める度に、パカラッパカラッと音がするので、チヨは不思議に思って下を眺める。
灰色の石に覆われた地面は、とても不可解なものだった。

「ここの人たちは、いつも靴を履くのね」

こんな固そうな地面をさすがに裸足で駆け回ろうとはチヨも思わない。
出掛ける時にブーツを履いて良かったと、少し前の自分を褒めて上げた。
ぐるぐると辺りを飽きること無く見回していると、ふいに視界に大勢の人が飛び込んでくる。
これだけ人がいれば、誰か一人は森のことを知っているだろう。
そう踏んだチヨは、レイモンドに止まるように頼んだ。

「少しここで待っててね」

ルーノを腕に抱きかかえたまま、チヨはするりと背中から降りる。
黒馬の顔を撫でてから、人混みの中へと向かった。
その背中をレイモンドが不安そうに見送るが、大丈夫だとばかりに小さく手を振る。
腕の中のルーノが、任せておけとばかりに前足を上げた。

大勢の人々は、どうやら野外で食事をしているようだった。
テーブルにはジョッキや、スープ、パンにチーズが並べられている。
楽しそうに会話をしながら、それらを摘んでいる様子に、チヨのお腹がきゅるると鳴った。

「そういえば、朝から何も食べてないわ」

どうやったら、食事を貰えるのかと、チヨは周囲に視線を渡す。
奥のほうで、おばさんが鍋からスープをよそっているテントを見つけ、腹ごしらえをしようとその列に並んだ。
スープ一杯ならば、きっとジャムと交換出来るだろう。
黒パンはそのまま食べても良いし、スープに浸して食べるのでも問題ない。
ルーノも待ちきれないとばかりに、鼻をふんふんと鳴らしている。
順調に列は進み、ついに自分の番が来た、とチヨは意気込んだ。

「あの!スープを一杯くださいな」
「はいよ、15スーだよ」
「じゅうごすー?」

そんなものは持っていない。
チヨには「じゅうごすー」というのが何なのか、見当も付かなかった。
途方にくれてルーノを見つめるが、白ウサギも首を傾げている。
チヨは鞄からジャムを取り出すと、おずおずと口を開いた。

「あ、あの、じゅうごすーっていうのは持ってないので、これと交換してくれませんか?」
「はぁ?」

先ほどまで愛想よく微笑んでいたおばさんは、途端に顔を顰めると、上から下までチヨを眺める。
その頬がひくりと引き攣っていた。

「金を持ってないなら、どっかへお行き」
「で、でも、ジャムとなら、交換できませんか?」
「馬鹿言ってんじゃないよ!どこの世界にスープとジャム交換する奴がいるんだい」

しっしっ、と手で追い払われて、チヨはがっくりと肩を落とす。
家で作ったジャムは自慢の逸品だったのに、こうも無碍にされると悲しくなってしまう。
仕方なく、ジャムを鞄にしまい込み、列を離れようとした時だった。

「まぁまぁ、待てって。俺が15スー払ってやるから、嬢ちゃんに食わせてやれよ」

ほれ、と目の前を太い腕が横切る。
何かを受け取ったおばさんは、途端に愛想を取り戻し、スープの入った器を差し出した。
戸惑いながらそれを受け取り、チヨは助けてくれた人に目を向ける。

「腹が減ってんだろ?」

にやりと笑ったのは、髭面の熊のような男だった。
好き放題に飛び出している黒髪に、丸い団子っ鼻が随分と特徴的な顔をしている。
笑った時に見えた口元の歯は、数本欠けていた。

「あの、ありがとうございます」
「まぁまぁ、礼は良いって。それより、こっちで一緒に食おうじゃねぇか」

ぐい、と強い力で背中を押されて、チヨは不安になる。
ルーノを見れば、怯えたように耳が垂れ下がっていた。

「連れて来たぜ」
「でかした、タツ」

座るように促された場所には、タツと呼ばれた男の仲間らしき人物がすでにいた。
短く刈り込まれた赤髪に、左の目は刃物で切られたのか一本の線が縦に入っている。
どうやら潰れてしまっているのか、左目は閉じられたままで、見えていないようだ。
ジョッキを手にしたまま、舐めるようにチヨに視線を滑らす。
その視線がルーノに止まったことに、チヨは黙ったまま、身を強ばらせた。

「嬢ちゃん、この辺の人間か?」

隻眼の男が酒を煽りながら尋ねる。
喉が張り付いてしまったかのように声が出なかったチヨは、静かに首を横に振った。

「俺はマサだ。んで、こっちの熊はタツ。よろしくな」
「しっかし、金も持たずにうろつくたぁ、どんなど田舎で育ったんだ?」

がっはっは、とタツが団子っ鼻を揺らしながら笑う。
恐ろしくて仕方がなかったが、チヨはスープを啜ることに専念した。
ルーノも同じ器から、一心不乱にそれを飲んでいる。
一人と一匹は、早く食べ終わってこの場を立ち去ろうと懸命になっていた。

「いや、金の使い方を知らないお姫様かもしれないぜ」
「かぁーっ!今は、いつも城から抜けだしてるっていう、放蕩王子しかいないだろ?」
「隠し子かもな」

冗談を言いながら、タツとマサが大きな声で笑う。
放蕩王子とは何のことだろう、とチヨは疑問に思ったが、口にすることはしなかった。
それよりも、とスープが半分以下になったところを見届けて、チヨは顔を上げる。

「あの、私、森に行きたいんですけど、どこにあるか知っていますか?」
「森ぃ?そのウサギを返しに行くのか?」
「そうじゃなくて、森の奥に用事があるんです」

ふーん、と二人が顔を見合わせる。
そしてから、にやりと同じような笑みを浮かべた。

「森に行くには、そのウサちゃんはちょっとキツイかもしれないな」
「え?!でも、ルーノも一緒に…」
「森には狼や熊が出るからな。ウサギなんか、すぐに食われちまう」

ルーノの真っ白な背中を見つめ、チヨは顔を真っ青にする。
一緒に森に行くものだと思っていたけれど、そんな危険があるなら、連れて行くのは難しいかもしれない。
どうしよう、と悩んでいたところで、マサがぽん、と手を売った。

「そうだ。嬢ちゃんが森に行っている間、俺達がそのウサギを預かってやろう」

いかにも名案だと言わんばかりに、タツが相槌を打つ。

「それは良い考えだ。よし、嬢ちゃん。そのウサちゃんをこっちに渡してくれ」
「で、でも…」

戸惑ってルーノを見れば、丁度スープを全て食べ終わったところだった。
今までの会話は全て聞いていたのか、置いて行くなど許さないとばかりに、タツとマサに背を向けている。
チヨはその姿を見て、勇気が湧いたような気がした。

「ごめんなさい。ルーノが、一緒に行くって言ってるから、預けられないです」

きっぱりと断れば、目に見えてタツとマサの顔色が変わる。
にわかに顰められた眉と、への字に引き結ばれた口。
明らかに不機嫌になったのだ。

「大人の言うことは聞いとくもんだぜ」
「スープだってご馳走してやったんだ、俺達が悪い人間じゃないってことは分かるだろ?」
「ウサギの為を思って言ってやってるのによ」

ぐい、と隣に居たマサに、乱暴に腕を引っ張られる。
思わず悲鳴を上げそうになった時、ルーノが空になった皿を後ろ足で蹴り飛ばした。
見事に弧を描いて、皿はマサの顔面に直撃する。
ついでに跳ね返ったそれは、タツの頭の上へ落ちた。

「ルーノ、最高!」

緩んだ拘束から素早く身を引き抜き、チヨは一目散に走りだす。
その後ろを、鬼のような形相で二人の男が追ってきていた。
周囲が異変に気づき、なんだなんだと身を乗り出し始める。
脇目を振る余裕など無いチヨは、ルーノと並んで人混みを駆け抜けた。
レイモンドの元まで辿り着ければ、きっと、なんとかなるはずだ。
けれども、どうにも足が言うことをきかない。
いつも土の上を裸足で走り回っている時は、感じたことのない、ズキズキとした鈍い痛みが走った。
走る速度の落ちるチヨを、ルーノが不安そうに見上げるが、答える余裕は無かった。

「このクソガキ!」

太い腕が、後ろから伸びてくる。
それに気付いたルーノが果敢にその身を翻した時だった。

「感心しないなぁ。女の子相手に」

ばしり、と誰かが手を剣の鞘で払い除けた。
驚いて振り返れば、チヨと二人組の男の間に誰かが割って入ったようだ。
ルーノも勢いを削がれたようにぽかんと見上げている。
後ろ姿から分かるのは、随分と背の高い金髪の男だということだけだ。

「おいおい、兄ちゃん。怪我したくなきゃ、そこから退くこった」

ぼきぼき、とマサが拳を鳴らす。
どう見ても線の細いこの男に、負ける気がしなかったのだろう。
けれども、チヨにはそう思えなかった。
父親の本で読んだ、王子様のような登場の仕方に、目の前の金髪の優男はきっと、とてつもなく強いに違いない。
もう大丈夫だ、と安心してことの成り行きを見守る姿勢に入っていた。

「へっへっへ。男相手なら、俺達も遠慮なく殴れるってもんだ」

マサの横に並んだタツが、嬉しそうに笑い声を上げる。
それに対して、どう出るのかとチヨが期待を胸に、金髪の男性を見つめた時。

「ま、待って。争う気はないんだ。僕、ほら、手荒なことは苦手だし」

両手をぶんぶんと横に振りながら、目の前の男性が後ずさる。
ぽかん、と口を開けたのはチヨやルーノだけでなく、タツとマサも同様だった。
無理無理、と明らかに逃げ腰の男に、期待を裏切られた失望感と理不尽な怒りが湧き上がる。
助けてもらっておいて何だが、あまりにも頼りない様子にチヨの握った拳がふるりと震えた。

「思わず手を払い除けちゃったのは謝るからさ、ちゃんと話し合おう!」
「ほぉ、随分と強気に出たもんだな?え?」

さすがのチヨでも、この状況が不味いことくらいは分かる。
隣で毛を逆立てているルーノに視線を送れば、心得たとばかりに頷きが返ってきた。
そこから心の中で、いち、に、さんと数えて、頼りない男の背から飛び出る。
チヨはマサのスネを思い切り蹴り飛ばし、ルーノはタツの足首に齧りついた。

「ぎゃー!」

大きな悲鳴を上げて、ぴょんぴょんと飛び回る二人から素早く離れ、チヨは金髪の男の手を引く。

「こっち!」

一応、助けてくれようとした男を見捨てることも出来ず、二人と一匹でレイモンドの元へと走る。
降りた場所で大人しく待っていた黒馬に、チヨは叫んだ。

「レイモンド!助けて!」

必死の形相に、レイモンドは何か感づいたようだ。
慌てて走り寄ってくると、チヨが乗りやすいように足を折って、その背を下げる。

「乗って!」

ルーノを片手で抱き上げ、男を自分の後ろに座らせると、チヨは手綱を取ってレイモンドを急かす。
街の人々が全力で駆ける馬に悲鳴を上げながら、道の脇へと避ける。
賢い黒馬はもちろん、誰かを跳ね飛ばすことなどせずに、城壁の外へと飛び出した。

街中から出れば、そこには澄んだ水が流れる川がある。
草木が生い茂り、草原とは違う自然の様子にチヨの緊張状態もほぐれていく。
小鳥たちが楽しげに歌う様子を耳にして、レイモンドに止まるようにお願いした。

「ふぅ…。ここまで来れば、大丈夫ね」

休憩しようと、ルーノを片手に地面に降りれば、レイモンドの上から金髪の男性が呆然とチヨを見つめている。
青い瞳でじっとこちらを見つめた後、はくはくと口を動かし、やっとのことで言葉が出てきた。

「君って、すっごいアグレッシブ」
「それはどうも」

褒め言葉では無いだろう賞賛に、チヨは眉根を寄せる。
そのまま背に座り続ける男に痺れを切らしたのか、レイモンドは苛立ちを隠しもせず、背中を揺らして叩き落とした。
いてて、と呟きながら、お尻を擦る男に、思わず吹き出してしまう。
ぼんやりしているが、悪い人間では無さそうだ。

「さっきは、助けてくれてありがとう」

素直にそう礼を言えば、男は首を横に振る。

「僕こそ、助けられたね。ありがとう」
「私はチヨ。こっちの白ウサギはルーノで、黒馬はレイモンドよ」

そう紹介すれば、ルーノは胸を張ってふんぞりかえり、レイモンドも何故かそれに倣うように顔を上げて、高い位置から男を見下ろした。

「僕はユウ。みんな、よろしくね」

ルーノを撫でようとユウが手を出すと、さっとその手を白ウサギは避けてしまう。
それならば、とレイモンドに手を伸ばせば、不機嫌そうに鼻息を掛けられれた。
仕方なく、チヨに手を伸ばせば、ルーノの後ろ蹴りが足に入る。

「えーっと、とにかく、よろしく」

這々の体でそれだけ告げて、ユウは肩を竦める。
チヨは乾いた笑いを浮かべるだけに留めた。
ルーノやレイモンドにあまりにも蔑ろにされる目の前の男が、どうにも憐れに思えたのだ。

「それにしても、ウサギなんて、街で連れ歩くものじゃないよ」

よいしょ、とユウが地面に座り込む。
少し休憩しようと、チヨも隣に腰を下ろした。
ルーノは喜び勇んでその膝の上に乗り、レイモンドは川の水をごくごくと飲んでいる。

「どうして?ルーノは良い子よ」
「そうじゃなくて、ウサギは珍しいんだ。さっきの奴らみたいに、狙ってる悪い人は沢山いる」
「ウサギは珍しいの?」

生まれてからというもの、長い年月をルーノと共に過ごしてきたチヨにとって、それは実感の沸かない話だった。
膝の上で丸まっている白いその背に目を落とす。

「肉は食べれるし、皮は着物になる。おまけに、可愛いからペットにもなる。いくらでも用途はあるんだ」
「わかったわ。もう、きっと街には行かないし、大丈夫よ」

そんな恐ろしい世界があるのか、とチヨは震えるが、月の雫さえ手に入れば、もう街に行くこともないのだ。
着いた時は、見たことの無い景色に心が踊ったが、良い人ばかりでないという事実に辟易してしまったのも確か。
行かない、と断言したチヨに、ユウは首を傾げた。

「街のこと、嫌いになっちゃった?」
「少なくとも、好きじゃないわ。怖い人ばっかりだし、おばさんは、ジャムとスープ、交換してくれなかったから」
「街のことを嫌いになられると、悲しいな」
「どうして?」
「そりゃ、僕が…えっと、街のことが好きだから」

そうだ、とユウが両手を合わせて笑う。

「今から、もう1回戻ろう。チヨに街の良いところを紹介してあげる。そしたら、きっと好きになってくれるよ」

ね、と両手を広げて楽しそうにしているユウに、チヨは目をぱちくりさせてから、首を横に振る。
今は、そんなことをしている暇はないのだ。

「ダメ。私、森に行かなきゃ」
「森って、魔女の森かい?」
「魔女の森?」

不吉な単語に、チヨは眉根を寄せる。
ユウは情けない表情をした。

「この辺で森って言ったら、魔女の森しかないよ。不思議な力を使う、怖いおばあさんが住んでるって話」
「不思議な力…」

思わず、膝の上にいるルーノと顔を見合わせる。
その森なら、月の雫のある可能性も高そうだ。
チヨはルーノを抱きかかえると、立ち上がる。

「ユウ、ありがとう。私達、魔女の森に行ってみるわ」
「僕の話、聞いてた?」
「聞いてたよ。だから、森に行ってくる」

行こう、とレイモンドに声をかければ、川の水で遊ぶのをやめ、チヨを乗せる体制をとる。
その背によじ登れば、出発の準備は万端だ。

「それじゃ、またね」
「ダメダメダメ、待って待って!」

すぐにでも立ち去ろうとするチヨに、ユウは慌てて声を掛ける。
まだ何かあるのか、と振り返ったチヨたちの視線は一様に冷たかった。

「君一人じゃ危ないよ。僕も行く」
「あなたが居た方が、危ない気がする」
「そんなことないって。ほら、武器も持ってるし」

見て、と腰にぶら下がった剣を見せてくるが、ユウにきちんと扱うことが出来るのか甚だ疑問である。
どうしよう、とチヨはルーノに相談するが、ルーノは耳をぴくぴくと動かして考え込んだ後、盾くらいにはなるだろうと結論を告げた。
ルーノがそう言うのであれば、一緒に連れて行くのもやぶさかではないだろう。

「じゃぁ、一緒に行きましょう」

レイモンドはユウを背に乗せるのが、気に入らないようだ。
チヨの時とは打って代わり、膝を折って乗りやすいように気を使うことはしなかった。
そのせいで、ユウは随分と大変な思いをしながらよじ登ることになる。

「ふぅ…どうして、君の友だちは僕に冷たいんだろうね」

ルーノは小馬鹿にするように鼻を膨らまして、ふんふんと言わす。
それに気付いたユウが、あー、と唸り声を上げた。

「僕が頼りないからかな?」

その通りだ、と肯定したかったが、チヨは寸でのところでその言葉を飲み込んだ。



魔女の森は、チヨが想像していたような薄暗い場所では無かった。
まだ日が高いせいか、木々の間から美しい木漏れ日が差し込んでいる。
レイモンドが歩を進めている足元には、小さな白い花が軍を成して咲き乱れていた。

「チヨは森に何の用があるんだい?」
「月の雫を探してるの」
「月の雫?」
「どんな怪我も病気も治る不思議な力を持ってるらしいわ」

その説明に、ユウは黙り込んだまま、何も言わない。
そんなもの、存在するはずがないと否定したかったが、正直にそれを告げるのも躊躇われた。
流れた沈黙を大して気にも止めず、チヨはルーノの背中を撫でる。

「早く見つけて帰らなきゃね」

同意するように、ルーノの耳がぴくぴくと動く。
ユウは、チヨの頭越しにぼんやりとそれを見つめた。

「どうして、月の雫を?」
「お母さんの病気を治すためよ」
「そっか。重い病気なの?」
「お医者さんには、助からないって言われたわ」

レイモンドが草木を踏みしめる音が大きく響く。
頭上を小鳥たちがさえずりながら、飛び去って行った。

「私とルーノはね、お母さんと一緒に街の向こうの草原で暮らしてるのよ。ジャムを作ったり、靴下をこさえたりして、たまに来るリョウジおじさんに、食べ物や石鹸とかと交換してもらってるの。ルーノは熟れた野いちごを見つけるのが得意なのよ」

湿った空気を変えるように、チヨはルーノを腕に抱いて笑った。
また、母親と一緒に暮らせるのだと信じなければ、ユウの前でみっともなく泣いてしまいそうだったのだ。
だから、いつも何をしているのかを話して聞かせる。

「外でルーノと駆けっこしたり、土の上で転がるのも楽しいわ。あんまり泥だらけになると、お母さんがとっても怒るんだけどね。ユウは、どうやって暮らしてるの?」
「僕は…大した暮らしはしてないよ」

ユウが笑うと、チヨの身体も一緒になって揺れる。

「街の色んなところに行って、困ってる人を助けてるんだ」
「あら。随分と立派なお仕事をしてるのね」
「傍目には遊んでるように見えるらしいけれど」
「難しいのね」

本で読んだ王子様のように強い訳ではないけれど、ユウは心の優しい人だなぁ、とチヨは思った。
きっと、こうやって森まで着いて来てくれたのも、彼の仕事の一環なのかもしれない。

「さぁ、レイモンド。もっと奥へ行きましょう」

明るい森の中で、躊躇うことなどない。
チヨが元気いっぱいに掛け声をかけると、レイモンドは嘶きを上げた。

そんなチヨたちの後を追いかける影が二つ。
徒歩のせいで随分と遅れをとっているが、ひっそりと確実に彼らは近づいていた。

「おい、マサ。本当に森に入るのか?」
「ここまで来て、引き返すわけないだろ!」
「でもよぉ…」

意気揚々と茂みに足を踏み込むマサの隣で、タツはびくびくと肩を震わせる。

「魔女が出てきたら、どうすんだよ」
「もう、おとぎ話を信じる歳じゃねぇだろ」
「いや、だって、母ちゃんがいっつも…」
「そんなに怖いなら、とっとと帰れ!」

マサが右目をすがめる。
睨むような視線に、タツが呻いた。

「まぁ、うん。おめぇが行くなら、俺も着いて行くさ」
「15スーの落とし前をつけてもらわねぇと。俺の眼帯も、ウサギ皮に変えようかね」

森の木々が、風にざわめく。
茂みを大きく掻き分け、草花を蹴倒しながら、マサとタツは森の中へと進んで行った。



どこまで進んでも、変わることのない緑の景色が続いている。
終わりの見えない様子に、ルーノは退屈そうに大きく欠伸をした。
それに対して、チヨは不安そうにきょろきょろと辺りを見回している。

「レイモンド、大丈夫?」

さすがに人間をニ人とうさぎを一羽乗せて長時間歩くのは疲れるだろう。
そう思ったチヨは、たてがみを撫でてレイモンドを労わる。
黒馬は問題ないとばかりに顔を上げて、一声鳴いた。

「それにしても、何もないね」
「ユウもこの森に入るの初めて?」
「うん」

その時、退屈そうにしていたルーノが耳を立てて後ろ足で立ち上がる。
鼻をひくひくと動かすと、左手の奥を短い腕で指し示した。

「どうしたの?」

何があるのかと、チヨだけでなく、レイモンドも足を止めてその先を見る。
木々で隠された森の奥に、ぼんやりと黒い塊が見えた。

「小屋…かな?」

目を細めたユウが自信無く呟く。

「行ってみましょう」

果敢なチヨの決定に、ルーノとレイモンドは勇ましく頷いたが、ユウだけは首を縦に振らなかった。
えぇ、と情けない声を上げている。

「やめなよ。本当に魔女がいたら、どうするの?」

馬鹿を言うなとばかりに、ルーノが鼻で笑う。
その様子にムッとしたのか、ユウは小さく頬を膨らませた。

「月の雫を探してるんでしょう?行く意味は無いんじゃない?」
「でも、魔女がいるなら、月の雫がどこにあるか知ってるかもしれないわ」

チヨを援護するように、レイモンドはさっさと小屋に向かって歩き出す。
ルーノに至っては、完全に馬鹿にしたようすで鼻をひくひくさせている。
ユウはやれやれと肩を落としてため息をついた。

「親切な魔女ならいいんだけど」

森の茂みを掻き分けて進んだ先には、とても小さなみすぼらしい小屋が建っていた。
周りが明るい午後の日差しを受けているというのに、そこだけ夜になってしまったかのように陰気な空気を纏っている。
冷んやりとした風が頬を撫でていく。
適当な場所でレイモンドは足を止めると、膝を折って、チヨに降りるよう促した。

「ここで待っててね」

レイモンドの背を数回優しく叩き、ルーノを地面に降ろす。
チヨが勇ましく小屋に向かう後ろから、ユウが着いて行った。
ボロボロの板を貼り合わせた扉には、湿気からか、黴が生えている。
その上に拳を叩きつけるのは躊躇われたが、ノックもせずに扉を開けるのは失礼にあたる。
チヨは拳を握って深呼吸した後、意を決して、黴だらけの扉を叩いた。

「ごめんください!」

しんと静まり返った森に、チヨの声が響き渡る。
突然の大声にびっくりした鳥たちが頭上を飛んで行ったが、小屋の中からは物音ひとつ聞こえない。
チヨのは眉を顰めると、もう一度扉を叩いた。

「誰かいませんか?!」

それでも、反応は無い。

-----
ここまで書いて、微妙すぎたのでボツりました…\(^o^)/
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コメント

全然違いますね

今回はご参加いただきありがとうございます。
ボツ作、かなり書いてますね。
せっかくなのでツイートしちゃいます。へへ。

この話も面白いですが、やはり投稿版がいいです!
この軽いノリの王子はいまいちですね。
あとチヨちゃんがもう少し強い感じでしょうか?

本当、今回の投稿作、素晴らしい作品でした~。

りきやんさんの真髄を見ました。
教えを請いたいくらいです。

また次回ご参加いただけると嬉しいです。

ありま氷炎 拝

追記

やはり勝手にツイートするのはいかなるものか、
ツイートはしてませんのでご安心ください。

ありま 拝

コメントありがとうございます(*´∀`*)

ありまさん>>
こちらこそ、素敵な企画に参加させてくださり、ありがとうございました!
主催、お疲れ様です。
結構な数の作品が集まっていて、私まで嬉しくなりました!
ツイートに関しては、公開しているものですので、勝手に呟いてもらっても、リンク貼っても、何して頂いても大丈夫ですー!むしろ、ツイートありがとうございます、という心境です…!

自分でも書いていて、ユウが軽すぎるなー、と思いボツにしました。
初稿では、チヨと母親の親子愛に見せかけたチヨとユウの恋愛にしようと思ったのですが、どうにもチグハグしてしまい…。
軽いノリに見えるユウが、実はしっかりものの王子様だった!という王道にしようと思って、やめましたw
お察しの通り、このチヨは、とても強い子です。怖いもの知らずの、強気な女の子でした。
書いているうちに、この子達には恋愛要素は必要ないな、と思って、ばっさり捨てました!笑
チヨは、ユウと恋人になるより、ルーノやレイモンドと草原を転げ回ってる方が似合います。

べた褒めして頂けて、嬉しいやら恥ずかしいやら…w
教えだなんて、とんでもないです…!
これからも、精進していきたいと思います(*´∀`*)

次回も是非、参加させて頂きます!!
春を楽しみにしていますね!

今回も、本当にありがとうございました!
非公開コメント

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細々と物書きを続けている人。

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